平川克美著「見えないものとの対話」~喪われた時間を呼び戻すための18章〜(限定サイン本)のレビュー
電信柱が高いのも郵便ポストが赤いのもみんな私が悪いのよ
大阪人の父親がふざけた人でよく聞いたセリフ
嫌だったけれど似てきました。
偶然の一致は、意識していれば誰でもあること
予定調和への手段 最近そう思えるようになりました。
九鬼周造も答えが出なかった問題だから諦めます
天の粋な計らいと、思えるような 偶然の出会い
単純に名前の不思議
隣人との陰陽の関係 などなど
世界はたった一人の犬殺しの不在によって充たされることもあるが
一匹の余分な犬の存在によって
ぽっかりと穴をあけることもあるのだ 寺山修司
この強烈至極の詩は、どんなに荒んだ心も埋めてくれます
変なコメントで申し訳ございません。
御著書に出会えてよかったです。 他生も無縁 ご安心を
連休ゆっくり読みますね。 お元気で
アタマ くび 胴 手 足 一緒なのに 脳と心で雲泥の差
神様ひどい 無手勝流で生きていきます。あと少し
友達は、ほぼいないけれど 茅ヶ崎にかわいい孫が男児二人います
三人の娘は、厳しくて苦手です。信用できる二人 充分です。
古希前に私なりに完成です。ご協力ありがとうございました。終
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ああ、これは故郷をお持ちの方の文章だなと思いました。
僕の父の家も東京の下町に長いのですが、彼らは、わが町を道具的にとらえます。ソリッドに住みやすいか、住みにくいか。そこに愛着のようなものが、あまり感じられないのです。祖母も、住む町への違和感が強くなれば、あっさりと杉並に移り住む。それで、さしたる喪失感もないようでした(杉並で亡くなりました)。考えてみれば、彼女も嫁入りまでは鎌倉の人。わが家も江戸から東京へという時代の中で、焼け出されるたびに東京都心を点々としてきた家でもあります。
深川には、祭りのたびに、路地に茣蓙が広げられ、ご町内コミュニティが可視化される風情があります。でも、わが家の近隣では、それが「各家庭」ごと。男たちは運営に駆り出されますが、家族は「家」という壁の中にいる…そういう感じです。しかしながら、大家族から核家族、そして単家族へ。今の街には「孤独」が溢れ始めています。
この本の冒頭、筆者は『ただ、わたしが書きたいことだけを筆に任せて綴っただけである』と語っておられます。『詩や、短歌、小説の言葉に触発されて綴った文章である』ともあります。でも、筆者が、詩や、短歌、小説などの作品たちとの出会いの中で活写されたのは、筆者の心の中にある「故郷」だったのではないかとも思っています。
下町にも大空襲を免れたご町内もありました。でも、バブル以降の「再開発」がそれをも焦土にし、今日の東京都心はあくまでもソリッドです。仮に僕に「故郷意識」があったとしても、どの場所に居心地を求めればいいのか…僕は下町という舫を失った浮遊霊のようなものだったでしょう。でも、都心周縁には「かつて」が地下水脈のように流れているのかもしれません。一読後、そんな感慨を持ちました。もちろん、筆者が特筆的に「故郷」を語られているわけではありません。でも、その傍ら、筆者の筆致に伴奏するように、筆者が過ごしてきた「場所」についての映像が流れていました。
それぞれに「場所」を失いかけている僕らに、示唆的な、そして、あたたかい一冊でもあります。お勧めします。
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ゆっくり何度でも読みたくなる本です。サインもいただけてとても嬉しいです。
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